ADHD当事者が【通院・投薬の意義】について主治医に相談した時の話

・ADHDと診断されて通院・投薬をスタートしたものの「いつまで飲めばいいのかな?」と感じている
・自分なりに通院と投薬の意義を見出したい

2018年の夏頃、28歳でADHDと診断され今は月に一度精神科へ通っています。
診断されてから1年半経ちましたが、実はその間 通院と投薬をやめていた時期がありました。

理由は「発達障害は治るものではないのに、どうして通院・投薬するんだろう?いつまで続ければいいんだろう?」という疑問に対する答えが見つからなかったからです。
ゴールのないマラソンは走れない……と感じて足が遠のきました。

しらお

あと先延ばしグセも

しかーし!
今はもう自分なりの意義を見いだしたのでそういったことは考えなくなりました。
結果しっかりと通院できていますし飲み忘れもほぼありません!

その意義というのが本記事で一番伝えたいことなんですが、冒頭でサクッと言っちゃいます。
ズバリお薬無しで生活できるようになるために、薬を飲みながら生活を見直し整えるため

これです!
もちろん見解は人それぞれですが、自分の場合これが一番しっくりきました。

 

以降では、ADHDと診断されてから通院をやめていた時期のことや主治医の先生からされた話。
そして自分なりの意義についてまとめたので、気になった方は読み進めてみてください。

治らない特性のためにいつまで通院するの?

同じように発達障害で通院されている方、診療内容ってみんな一緒なのかなぁ?

私の場合

  1. 前回から今日までで印象的だったことや体調について話す
  2. 来月の予約を取る
  3. 処方せん出て、終了

診療時間は正味10分ほど。
別にカウンセリングしてもらうわけでもなく、言っちゃ悪いがただ近況話してお薬をもらいに行くだけです。
予約して呼ばれるまで待ってお会計して処方箋もらいにいって……

これいつまでやんの?!?!?っていう思いが拭えませんでした。

私は発達障害って治るものではなく付き合っていくものという考えの持ち主で、診断されたときからこの治療?のゴールはあるのか?という思いがあったんですよね。

薬をもらうことに意義を見いだすのは違うなと思っていました。
その時はコンサータを処方されていて、確かに飲んだ日はシャキッと生きられるなって手応えがあったんです。
生きやすいなと。

でもこのまま薬に依存する人生は嫌だった。
というか怖かったです。

生きづらいながらも28年間飲まずになんとか生きてきたんだから、診断はされたけれど今後もコンサータ無しで生きていこう……!とだんだん思うようになり、結果通わなくなっちゃいました。

そしてしんどくなり再受診。
そこではじめて、先述した不安というか疑問を先生に伝えてみたんですよね。

薬無しで生活できるようになるために薬を飲む

詰め寄るしらお

治るものではないのに通院したり薬を飲んだりするのはどうしてですか?
一生通い続けることになるんでしょうか?
うーん、問題は二次障害なんだよね。
持ってる特性をどうこうというより、特性によって自分のことを認められなかったり否定する状態が続くとうつ病や適応障害に発展したりする人が多いんだよ。

先生

うなずくしらお

←心当たりがある
薬を飲むことで、それまで特性によって困難だったことができるようになったりする。
そんな時間を過ごす体験を重ねながら自分に合った生活環境を作るサポートとしての投薬なんだよね。

サルワカくん

実際にこう言ったわけではなく意訳入りまくっていますが、だいたいこんな感じ。

うーーーーーんなるほど!
早く聞けばよかった!!!!!w

自分なりに見いだした通院と投薬の意義

いつかは薬を卒業する前提で【自分の特性に合わせた生活】を模索する

腑に落ちました。

先生の話を聞くまでは「飲んでるからできているだけであって、飲まなくなったら元に戻ってしまうのでは?だったら飲まないでやっていける方法考えた方が良くない?」という発想だったのですが。

たとえば片付けが苦手で薬を飲んでいないときは手につかないことも、飲めばテキパキ動けるようになる。(私の場合)
その時に「飲まないときはここが面倒だと感じて片付けられないんだよなー、だったらこういう仕組みに変えて手間を減らしておけばいいのかも」などの工夫が思いついて実践できたりします。

多重人格になるわけではないので、薬を飲んだ日の自分が 飲んでいない日の自分を想像できるんです。
そうやって薬の力を借りながら自分の適性や特性に合った生活に改良していく。

飲まないと生活が困難になる状態を継続するのではなくて、試行錯誤する手助けとしてのお薬。
そう考えると生活をよくしていきたい欲・特性を理解したい欲が高まって前向きにもなれました。

 

伝わるだろうか……

自分の状態を定点観測する

定期的に病院へ行って先生に近況を話す。
改良思考で生活することで先生に聞きたいことも増えて、建設的な質問もできるようになりました。

こういう機会を設定するのは自分の状態を定点観測することでもあるよなーと。
そもそも予約した通り行けている時点で自分にとっては花丸です。
生活を保てているサインだと捉えますw

正直なしらお

調子悪い時にはキャンセルしちゃう

先生とのつながりを保つ

急なカミングアウトになりますが、独身の頃に双極性障害と診断されたことがあります。

そのことを妊娠時、産婦人科の先生に話したところ「精神疾患にかかった人は産後うつになるリスクが高い。」と言われ、里帰り先で行けるメンタルクリニックに紹介状まで渡されていました。

当時の私は「もう寛解したからお世話にならないもん!」って思って行かなかったのですが、里帰りから戻って数ヶ月後、みごと精神科のお世話になることに。

慌てるしらお

これは一例なので、精神疾患の既往がある=産後うつになる とは限りません。あくまで、い!ち!れ!い!

何が言いたいかというと、たとえ薬に頼らなくてもいい生活になれたとしても再びお世話になる可能性は捨てきれないということです。
少なくとも私は精神科(メンタルクリニック)は自分の人生に切っても切れないものなんだと降参しましたw

通院・投薬は手段であって目的ではない

ここまで意義だなんだ書きましたが、通院すること・投薬を続けることは手段であって目的ではありません。
じゃあ先生とお薬のお世話になる目的ってなんだろ?って考えたところ「自分らしく生きるため」という結論にたどり着きました。

自分らしく生きるってなんじゃいと言われそうですが、特性によって自分を否定している状態から抜け出すことで見えてくるものがあるような気がしています。

特性を受け入れて、困難を一つずつ解消していきましょ。

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